冬至

古代より日本では冬至はとても重要な日だったようで。

風のたよりで、「阿知目作法」が聞けるというので、
行ってみた。

あちめ・おーおー

これが安曇磯良を呼ぶ「音」なんだって。

現場で聞いてみた感想は、本来の伝統的な阿知目作法をアレンジした
なんというんだろ、前衛的なアートなものになっていたのだけど、
正直、本物というか、アレンジなしの伝統的なものが見たいとおもった(笑)
(つまらなかったとかいうわけじゃないけど、なるべくプレーンなものの方が
今の私には伝わるものとなるような気がした。)

安曇磯良は伝説では、顔を隠し、亀にのって、海から登場する。
絵巻に磯良の登場した絵がかかれてるけど、亀の上でまるでサーフィンの
ように登場している(笑)なんなん、この方は・・・
気になって仕方ないです。

日本語は「音」に意味が存在するって、よく聞く。
たとえば、「あ」という音は「感じる・広がる」などという意味があると、縄文時代の日本の文字、カタカムナ文字ではそう言ってる。
そういう観点から、日本語を読み解くと、時折、なんとま〜音とその名がついた物や地名、事がしっくりきて、シンクロし、より体感的に肌で意味が理解できる”感じ”がすることが、たま〜にある。

慣れてくると、人の苗字なども、なんか検討がつくようになって、
この人の祖先は九州じゃないだろうか。。。とそんな事を感じることがある。

「感じる事」がある。


そう、日本語は音を「感じる」言葉なんだと最近思い始めた。


こんな事を色々調べたりしているのは、
結局ウタのためなんだけど、なんかなぜか神社や古事記などにたどり着いた。

私は昔ゴスペルを教えていたけど、そこから旧約聖書を読んでいて、
何かビビッと来た。
古事記に似ているし、ハワイ神話にも似ている。

なんだろう、この共通点は。謎が増えていくばかりだった。

昔は、英語の「音」が好きだったけど、この5年で、「日本語の音」に魅力を感じるようになってきた。

そんなわけで、来年から日本語のウタをウタいたいと考えている。
でも、英語をずっと歌っていたおかげで、その発音をずっと練習したおかげで、なんか回り回って、日本語の音にパワーを感じれるようになったのも事実。

でまた、ひとしきり日本語をウタったら、また英語をウタってみるかもしれない。

近頃、自分の中で反転が多く起こるな〜と感じる。
面白い。
ちなみに写真は会場の中にいたR2D2です。
面白い。