滋賀県 建部大社〜奈良県 神功皇后古墳 の旅

この度京都を拠点に滋賀県・奈良県に行ってきました。

安曇のゆかりであろう土地でもあるようだし、
やたら博多中でお祀りされている”神功皇后”を追う旅です。
またあまり資料のない神功皇后の夫・仲哀天皇ゆかりの土地でもあるようなので、
思い切って、近畿にやってきました。


京都駅から琵琶湖線に乗って石山駅へ。
旅する時はあらかじめざっくりと何があるか地図や情報を見ておきますが、
だいたいその日の気分で動くことにしています。
なんとなく行ってみよう。。が結構楽しい。

石山駅について、観光案内所へ行ってお姉さんに尋ねました。
駅から歩いて建部大社まで行けたみたいだけど。。。
石山駅についてすぐに、目の前を可愛い2両の電車が通りすぎたのを見て、あれ乗りたい。。。
1駅だけど、乗って唐橋前駅まで行くことに。
可愛い電車。
いつか機会があれば、これに乗って琵琶湖沿いにある
志賀のあたりまで行ってみたいと感じました。

案内所のお姉さんはいろいろ情報をくれましたが、このあたりの伝説、
大ムカデ退治の話をしてくれました。

大ムカデ。。。安曇っぽいな〜と思いながら、建部神社に行きます。

ところで。。。
滋賀=志賀と言う話も。
琵琶湖の上の方には、志賀という町もありますし、
安曇川(あどがわ)読み方は違うけど。
安土なんて、安曇の地を略してあずち(アズ地)。
私が安曇族を知ったきっかけになった本を書いた坂本先生は、
琵琶湖の周りに住む阿曇族を、近畿阿曇族と名付けています。
(近畿にいくと、安曇が阿曇という字に変わってる事が多い)

いよいよ、マニアの世界にどっぷりハマってる、しかも私だけが楽しい事かも♪
と思いながら、唐橋を渡りましたが、気分爽快。

瀬田の唐橋といえば東海道。全然知りませんでした(汗)
あとで、歴史好きのオバに聞いて、知りました。
橋から遠くをよく見てみると、琵琶湖のムードを感じることができました。
まるで海だけど、潮臭くない。
この日はお天気は曇りだったけど、京都も奈良も滋賀も
湿気が多く、暑かったから、行動するのに助かった。
歩いて10分くらいかな?建部大社に到着。

博多の街にやたらお祀りされている八幡系神社、神功皇后、仲哀天皇、応神天皇。
建部大社にきたのは、仲哀天皇がらみで行ってみようと思いました。

仲哀天皇のお父さんが日本武尊。
日本武尊のお父さんも、そして日本武尊も、仲哀天皇も
3代続いて、九州熊襲征伐に向かってると。
(伝説なので、ほんとかどうかわからないですが)

仲哀天皇に至っては、熊襲との戦いで九州で亡くなった。

でも、仲哀天皇はじめ、日本武尊は謎の多い人。
諸説ありすぎて、グルグルしてしまいます。

だいたい日本武尊って、何族なんだろ。。。
出雲系の人とずっと思っていたのだけど、
建部神社の看板のお話をいろいろ読んでいると、
出雲武尊を征伐しに。。と書いてある。。。
あれ。。。

なんか、ビビ!っとくる情報ないかな〜とこの神社にきてみたのですが。。。
謎のままでした!
このままボヤっとしたままで良いことにします。

しかし、ま〜なんとも居心地のよい気持ちのよい神社でした。
ヤマトタケルが祀られてると言うから、結構バーン!とチカラ強いのかと
思いましたが、とても優しいムードの神社でうっかり長居をしてしまいました。

石山駅の隣の駅が大津ですが、こちらに、
仲哀天皇が住んでた?と言われる場所もあるみたいです。
そこへいくか。。。どうしようかな〜と神社で考えていましたが、

なんか、奈良へ行きたくなりました。

来た道を戻ってると、この看板。
案内所のお姉さんが教えてくれたムカデの話。
ムカデとか蛇とか龍とか、体が長くてウネウネしている
動物が出てくる伝説は、安曇族なんじゃないかとつい思うわけです。
安曇族を象徴する物には、龍、蛇、8(数字)など。

滋賀県にいくと、このムカデの話、案内所やいろんなところで、
見たり聞いたりしました。

上の写真の看板とは違って。。。
琵琶湖を7周半巻きついたムカデが、琵琶湖の魚を食い荒らしていた。。
と、話の内容はいろいろアレンジされてたりするけど。
仮にムカデが安曇族のことだったら、
琵琶湖の周りにはいっぱい安曇族がいました。
という話なんじゃないかな〜と勝手に解釈。
ちなみに!長野県の安曇野では、ネズミ扱いになって、
ネズミ退治という話になっていたりするし、
タツノコ太郎では、龍と言われ(まだなんかましな気がする)
なんだか悪者になってるケースが多い。

。。。朝廷といえば、
おでこにマロまゆげの人たちが、扇子を口に当てて、
「あの蛇どもが。。。」
と、話ししてそうだな〜。。。(あくまでもイメージだけど)
と、また自分で勝手にイメージ。テレビの見過ぎかもしれません!

安曇、熊襲、蝦夷の皆さんは元々原住民として住んでいたわけで、
土着の皆さん側の立場を考えれば、
なぜ、いきなりやってきた、君たちのいう事を聞かなければ
いけないわけ?と、
当たり前の反発をしていただけと。。。そんな風にも思ったりする。

ところで、
神話などにもあるように、征伐といって戦うこともよくあったようですが、
結構話し合いで、解決しているケースもあったりして。

なんか、わりとお人好しに、土地をすんなり渡す神様もいたりする。
その神様の一人が猿田彦。
伊勢の土地をアマテラスにすんなりとあげている。
滋賀にきて、ぼちぼち伊勢にも近づいている。
その前に熊野もあるし。。。そこまで手がとどくかわからないけど、
今のところ、やっぱ安曇族、神功皇后ファン。
もうそれでいいかも、とも思っている。。。今日この頃ですが。

とうとう、私が避けていた近畿地方に来てしまったと、実感しました。
なぜ避けていたかって、情報量が多すぎるからです!

今回は、古代レイヤーで滋賀や奈良を旅しようと思いましたが、
歩いていていると、平安、戦国、江戸とレイヤー情報がいっぱいありすぎて、
やや、パニック!ネタが多すぎる。ウキウキしすぎる。

ちゃんと間違える事なく、無事奈良の平城駅に着きました。

目的は、神功皇后のお墓(古墳)。
Googleでみたら、ばっちり前方後円墳でしたが、
ついてみると、森ですね!
駅から歩いて数分で、八幡神社発見。
これを右に行きますと、入り口がありました。


多分、奥の森が前方後円墳の丸い方だと思います。
想像以上に厳かで、宮内庁の敷地!って感じがしました。

厳重に柵がしてあったので、見えませんでしたが、
たぶん、前方後円墳の台形部分と丸い部分の間に掘り?
川?がある。。。感じがしました。
だから、すごく空間が水水しくて、
奥行き感がすごかった。

本当に、これが神功皇后のお墓だったらば。。。
やっぱすごい祀られようだな〜と。
迫力満点でした。

写真では、私が撮るのも下手ってこともあって、
迫力がやっぱり伝わってないかも。。悔しい。

平城駅から古墳までは住宅地をひたすら歩きます。
周囲には畑や山があったりして(山じゃなくてひょっとしたら別の古墳かもしれないけど)
人がいませんでした。

静かに一人でゆっくり古墳を見れて、よかった。
時計をみたら、、、3時半。。。

あ〜。。。やっぱ。。。平城京跡行きたいな〜みたいな〜

近鉄・大和西大寺駅まで戻り、京都へ帰るか。。。
古都へ帰るか。。。(笑)
もう、体が勝手に、タクシー捕まえていたのでした。

「すいません、平城京まで行ってください」