くろしゅけ

7月30日1時23分。くろしゅけが天国へ。

 

 

 

 

不思議なお話。
7月29日の夕方から私は体が重かった。

外から帰って駐車場に車を止めて
マンションまで歩いていると、
唇の上のあたりがピリピリ。

あ。。。こりゃ、ヘルペスや。

小さい頃から風邪や疲れたりすると私はヘルペスを出す。

そんなに疲れることあったっけなぁ。。。
と、触ってみると、ぷく〜っと膨れていた。

部屋に入り、鏡をみると、赤く膨れ上がっていたのをみて、
ちょっとトーンダウン。

夜中。自分の部屋でパソコンに向かっていた。
くろしゅけは、いつも「寝よう」と迎えにくる。

いつものように、くろしゅけが部屋に入ってきた足音が聞こえた。

すると、シャカシャカ音がした。
振り返ってみると、腰が抜けたようになっていた。

歳をとって、こういうことは何度かあったので、
あ〜まただなぁ、と思って、くろしゅけを片手で抱き上げ、
私の膝の上に乗せた。

すると、力が抜け、する〜っと落ちる気配がした。。。

え?と驚いて、くろしゅけが落ちるのを防ぎ、
様子がおかしいと気づいたので、
慌ててリビングへ移動して
くろしゅけをそっと寝かせた。

すると、体が痙攣したようになり、うんちがお尻からでた。。。。

病院に連れていくか迷ったけど、
。。。以前実家で飼っていたチャーリーくんが亡くなった時を思い出した。

くろしゅけは一生懸命息をしていたけど、
だんだんと目が遠い感じになっていたので、
とにかく安心させようと

大丈夫だよ、くろしゅけ。
くろしゅけ、かわいいね。
えらいね。
大好きだよ。

といつものように声をかけていた。

くろしゅけ大丈夫よ。
くろしゅけ、がんばれ。

くろしゅけに異変が起きて10分も立たない間の話。

とにかく安心させようと声をかけ続け、
頭を撫でていた時。。。不思議な感覚を得た。

 

撫でている手に暖かい温度が上がってくる。

ふわ〜〜〜っと。

その温度は腕を通り、私を包み込んだような気がした。
その温かさでこちらが、気持ち良くなる感覚だった。

だけど、私はハッとした気持ちになった。

すると、くろしゅけの息がなくなり、心臓の鼓動の振幅も小さく。。
最後止まった。

 

まだ、体は温かったけど、体のちからはなくなり、
腕をもってもぶらんと落ちた。

 

 

 

くろしゅけが亡くなった。

その時は悲しさより、どうするか。。。を考えていたから
箱を探したり、遺体をどうするかを考えたりしていたのだけど、

ふと、自分の唇の上のヘルペスを思い出して、
抗生物質入った軟膏ぬっておこうと、腫れた場所を触ったら。。。

 

 

 

あれ???

ン????おや???なんともない???あれ???

お風呂場に行って鏡を見て確認。

なんと、赤く膨れたところは
きれいになって、痛くも痒くもなくなった。

ボヤボヤしている場合じゃないけど、
驚いた。

そこで思い出したのは
くろしゅけの体から出てきた、手から感じたあの暖かいあの温度。

 

 

 

 

くろしゅけ、最後本気で癒してくれたんかな。

最後残ってる命くれたのかな。

 

くろしゅけは2006年8月1日生まれて、
10月に私のところへやってきた。

事務所にも連れて行き、家でも仕事でも一緒だった。

くろしゅけがいなくなった家にいると、
あぁ、くろしゅけのために、家も引越し、
彼女が小さくて、腰が悪いから、ソファーなどを廃止して
低い生活をしていた。

踏んづけてはいけないから、歩く時に注意する癖が私についてる事にも気づいた。

毎日彼女との生活でいろんな事が習慣になっていたので、
餌入れや水を替えることがもうないと思うと、、、

 

やっと、私はここで悲しくなってきた。

 

 

そして、くろしゅけを喜ばせようと、私は自然に多くいくようになったことにも気づいた。

阿蘇や津屋崎、志賀島に行くとくろしゅけはテンションマックスで
走り回っていた。

私は無意識で、彼女が気持ちよくなるような場所をもとめた。
そして私は神社に興味を持つようになった。

神社には由緒が書いてあって、それがきっかけで
九州の歴史が面白くなった。

彼女は福岡、九州のガイドをしてくれたなぁと思った。

私はくろしゅけから影響受けていたことに、亡くなって気づいた。

 

感謝の気持ちが募ってきたけど、
同時に寂しい気持ち、悲しい気持ちも湧き上がる。

洗濯をしていると駆け寄ってくる気がしたり、
くろしゅけが鼻を啜る音が聞こえる気がしたり。。。

外へ外出しても、もういないのに、帰らなきゃと思ったり。

私の心中は大変で、情緒不安定。
度、目頭があつくなる。

親バカではないと自覚がなかったけど、
あぁ、私はくろしゅけが大好きだったんだなぁと。

老犬になり、おしっこもあちこちでするようになり、
それを拭いて回る毎日で、ストレスだった。

でもそれをしなくていいと思うと、
ストレスがないことが悲しくなってくる。
こういうことを感じると、私はほんと大事にしてたんや、
と自覚がじわじわ湧き上がってくる。

これがペットロスという奴。

この寂しさをお得意の内観で、心を観察してみた。

彼女は私の何を埋めてくれてたのか?

寂しさだったのは間違いなかったが、
その寂しさの正体を気づいた。

くろしゅけは、私のインナーチャイルドを慰める役目だった。
寂しさの原因はお母さんに甘えたい子供の頃の私だった。

昔、ふとくろしゅけをお母さんみたいだなと思ったことがある。

 

 

その寂しい気持ちを内観し、自分のインナーチャイルドを癒した。

 

そしたら、過去の私の言動はなんでああだったのか、今頃気づいたりする。

 

 

 

しっかり、内観して、心と向き合うと
くろしゅけが私の心の中に芽生えた感覚を得た🌿

寂しい気持ちは「ない」と思う心。

確かにくろしゅけの姿はないけど、
たくさん思い出が私の中にある。

思い出すと、楽しい気持ち、嬉しい気持ちを思い出す。

 

 

私がこうやって寂しさを観察できる術を持つまで、
くろしゅけは頑張ってくれた気もした。

彼女は、晩年は薬を毎日飲んで、一生懸命生きていた。

 

 

そうはいってもね、29歳くらいから14年間。
一緒にいましたから、私もしばらくは、
情緒不安定になるかもしれないけども。。。
いやぁ〜彼女が亡くなって気づくこと、多かったなぁ。。。。

 

 

たくさん、ありがとう、くろしゅけ。

 

 

またね。